プロフィール

はじめまして、看護師のじゅんと申します。

このブログへ足を運んでくださり、ありがとうございます。

わたしのプロフィールについてご紹介します。

長くなりますが、見ていただけたら嬉しいです^^

わたしの経歴

恥ずかしがり屋からお笑い芸人志望へ

関西の田舎に生まれて、保育所、小学校、中学校、高校まで地元の学校に通いました。

幼い頃は恥ずかしがり屋で、教室の端っこで読書をしているような性格でしたが、

小学校中学年あたりから、クラス会で一発芸やモノマネをしたり

率先して笑いをとりにいく女子に変貌を遂げました。(なぜ)

鬼顧問に泣かされまくった高校時代

中学・高校では、吹奏楽部のキャプテンをつとめ、

生まれて初めてリーダーシップの難しさを実感しました。

高校の吹奏楽部は、顧問の先生がめちゃくちゃ怖かったこともあり

毎日朝から晩まで練習に明け暮れ、夏休みには野球部をこえる色黒女子が爆誕しました。

「人の心を動かす演奏がしたい」という目標に向かって全員で努力することの大変さと、

私たちの演奏を聴いて聴衆が感動してくれた、心を動かす演奏ができたっていう経験が

今の私の強みになっていると思います。

顧問の先生には本当に感謝しています。

そんな感じで部活に明け暮れた中高でした。

将来を考えはじめる高3

将来特にやりたいことがなく、行きたい大学もないし学びたいこともない。

母に相談したら、手に職を付けたほうがいいで!と言われ、看護師ありやなぁ〜と思い始めます。

従姉妹が看護師をやっていたし、テレビの再放送で見ていた「ナースのお仕事」が好きやったし

ほんまになんとなーく看護師を志します。(めっちゃ不純な動機ww)

そこから勉強頑張って看護系4年生大学へ入学。

入学したはいいもののめっちゃ看護師なりたい!って志してるわけじゃないので、

留年しかかりそうになりながらなんとかストレートで大学卒業。

社会人になってからも働き方について考える

そして、大学病院で血液内科病棟で3年間勤務しました。

はじめて看護師として働いて思ったことは、めっちゃ大変で責任重いけど

わたし看護師向いてるなって思いました。

自分が行った看護で患者さんに感謝されたり喜んでもらえることが

すごい嬉しいし、やりがいにつながりました。

でも同時に、ストレスもめっちゃあって、

夜勤の拘束時間が20時間近くあったり、毎日2時間程度の残業は当たり前。

なのに全額残業代はつかない。もちろん前残業の残業代は出ない。

とかのストレスが溜まりまくってました。

そして

「看護師の仕事は好き。でもこのまま一生看護師するのはなんか違う。違うことにチャレンジしてみたい!」

と思い立ち、退職を決意します。

当時ハマっていたラフティング(激流降り)のガイドを志して、四国へ移住。

運動神経はあんまり良くないけどやる気はありました。笑

仕事も休みも時間に追われていた看護師時代から、

時間がのんびりすぎていくことに毎日幸せを実感したし

改めて、昼間働いて夜眠る生活って健康だな〜満足度高いな〜と感じました。

あたたかい時期はラフティングガイド、オフシーズンの時期は応援ナース派遣ナースという生活を約2年間送る。

応援ナースは2つの病院を経験。派遣ナースは病棟やコロナ業務、保健所業務も経験しました。

そして本格的にコロナ禍になり、地元へ帰ってきます。

今は結婚し、総合病院の血液内科、腫瘍内科病棟の看護師としてフルタイムで働いています。

四国で住んでいた時は起きたら毎日この景色が見れて

鳥のさえずりも毎日聴くことができて、QOL爆上がってましたw

このブログで伝えたいこと

看護師になって以来、毎日へとへとになるまで働いていました。

日勤、夜勤が入り混じり、勤務時間はばらばら。

休日は寝て過ごし、またへとへとになるまで働く。

休日に会うのは看護師の友人と仕事の愚痴ばかり。(楽しいんですけどね)

看護師をずっとやっていると、こんな毎日が当たり前に感じていました。

だけど一度看護師を離れてみて、

夜勤がない日常は、こんなにも健康で、やる気に満ち溢れていて、休日にゆとりを持って過ごせるんだと驚き、

自分の働き方について変えたいと思うようになりました。

今は夜勤ありフルタイムで病棟看護師をしていますが、

これから夜勤を卒業してストレスフリーな働き方を模索中です!!

看護師の働き方について疑問に思ったり、

悩んでいるナースのみなさんの役に立つようなブログになれるように

がんばろうと思っています。

これからどうぞよろしくお願いします^^

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